2012/03/09

アサヒ浴びマイニチ起きてサンケイし
ヨミウリ歩きニッケイする日

新聞を
読まなくなった

読めなくなったとも
言えるのかもしれない
重要度が低くなってしまった

何日も読まなくても平気だし
むしろ毎日届くのが面倒ですらある
購入しておいて
なんだかなあという次第だ

ニュースを読む
ということに関しては
完全にネットの方が早い
ネットで見たニュースが
1日経ってテレビに
2日経って新聞に
といったことが本当にあったりして
すっかり遅いメディアになってしまった
と実感する

内容がどうでもよければ
ただの紙束なので
やたらにかさ張るのも問題だ
片づけが苦手な人間にとって
拡げっぱなしのが散乱する様は
自分でやっておいて
本当にうんざりする

しかし
やたらにかさ張る紙束という
物としての存在があるがゆえに
使えるやつになる場面が出てくる

カバーに使ったり
敷物に使ったり
と掃除などにちょこちょこ
出番が出てくる
使い勝手のいい
マテリアルとしての側面には
愛着はあったりするのだ


新聞の「新」の字は
もはや意味を成してないから
実に中途半端なメディアになってしまい
いずれにしても
変容・衰退を辿ることにはなる

機能としては
使い道があるのだとは思う
テレビ番組のなかで
わざわざ新聞をかいつまんで
読んでくれたりする
プログラムがあるくらいなのだから
(そういう意味でテレビは徹底して
アウトソーシングしていっているんだな
情報収集能力も解説能力も制作能力も
外注にしたほうが安いのか
スカスカにして
1で10を儲けるようにした方が
確かに商売としてはいいから
ただいつまで
このメディアにお金が寄ってくれるのかが
問題にはなってくるだろうけど)

記者という仕事を
一時期やっていた経験から
大新聞社の記者たちに会った印象でいうと
その企業組織や職種に対する
プライドやエリート意識なのだろうか
実に尊大不遜な人が多かったので
9割くらいの人数は
職を失うくらいで丁度いいのではないか
と思う
そんなに偉い仕事でもないし
必要ともされなくなりつつある
むしろそんな不遜さを出させる仕事など
ない方がいいのでは
などと意地悪く思う

それはともかく
毎年
販売営業の人間が来る度に
また1年取ろうか迷いながら
溜め込んだ数日分を
気が向いた時に
一気に読むような日々

まあ僕自身
世情に疎いところもあって
向こうから此方へ
一方的にやってくる情報でなければ
気に留めないようなのも
多々あるので
そのためには取っている意味もあるが

しかし
気は向かなくなりつつ
紙束は溜まる一方だ

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