2012/09/10

落語「手つだい」


   『手つだい』
                 作・来離居無亭 檸檬



「アンタ! はよ、起きや。のんびりしてたら日ぃ暮れますよ」

「んー……あほ言うな。まだ日ぃ出たばっかりやでぇ。
 ………ったく………(右上を見つめる)
 ………(目線を前に戻して、また、右上を見つめる)
 ………(目線を前に戻して、また、右上を今度は二度見)
 ………(右上を見つめながら)おかあちゃん。なあ、おかあちゃん! あれ、ほら、手ぇついとるで。手ぇや。手ぇ。………うん、やっぱ手ぇやな。おてて。誰の手ぇや? なあ、もしかして、あれ、おかあちゃんのか? おかあちゃん、おてて、柱につけたまま忘れとるでぇ、なあ。なあて」

「いつまで、寝言ゆうてますねん(怒)」

「いやん。ちょ、ちょ待って、おかあちゃん。あれ、あれ見てや。ほら」

「………いやん。何あれ? 気持ワル。……あれ、蜘蛛ちゃうん」

「いやいや、お前知らんのか。蜘蛛ちゅうもんは、あれ。足八本なんや。…いーや。ゲジゲジは足もう十本以上あるねん。女子ちゅうのは、ほんま大ざっぱやな。あれは、ほら、足ちゅうか指ちゅうか、五本やろ。親指、人さし指、中指、薬指…小指。ちゃんと揃っとるがな」

「ふーん、そやねえ。ほな、朝ご飯しょうか」

「え! 何で? 家の柱に手がしがみついてるねんで? というか、手ぇか何かも分からへんねんで? 気になるやろ。えー? ほったらかし? いや、信じられへん」

「信じられへんも何も。そこにあるんやし。何も出来へんし」

「いーや、わしは気になる。気になるぞ。そや、ご隠居に聞いてみるわ。あの人は物知りやし、何かわかるやろ。ちょっとひとっ走り行って聞いてくるわ」


 ……そんな具合で朝から騒がしいこの男、近くに住むご隠居の家へ駆け込みます。

「(息を切らして)ご隠居! ご隠居! 早うにすんまへん! て! て! て、て、て、て、て………」

「はいはい、お早うさん。……はあ、また朝から手のかかるやっちゃなあ。どないしやはった?」

「いや、その、家にね。手がついてましてん」

「………はあ?」

「いや、手がつきましてん。ご隠居そんなことあるんでっか?」

「手がつく? ………ああ、お手がついた、ちゅうことかいな。そら、めでたいがな。そうかそうか。名誉なことやないか。いや、そんなこともあるある。八百屋の娘から殿様の母君にまでなったちゅう話もあるんや。せやけどアンタとこ、娘さんおったか?」

「へえ、いるにはいます。まだ数えで三つ…」

「三つ! ……えらい別嬪さんなんやな。つまりは、アンタとこの娘が、どこかの殿様に見初められたっちゅう…」

「何で三つの娘、殿様に嫁に出さなあきませんねん! ご隠居、耄碌するには早すぎまっせ。よう聞いてください。家のね、柱にね、手ぇがね、ついてますねん」

「……ほう」

「おてて。手ぇだけが、こう、柱にしがみついてますねん」

「……ははははは。もっぺん寝直してきぃ。さいなら」

「もう! 埒あかん! ご隠居、今から家、来てください」

「いたたたた、そんなに手ぇ引っ張られたら、抜けてまう」


 ……などと言いながら、ご隠居、男の家へと連れて来られます。

「あぁ、あんた。お帰り。もう朝ご飯は終わりましたよ」

「いや、そんなことどうでもええねん。それより、おかあちゃん。手ぇや。ご隠居に手ぇ見せたって。ご隠居、この奥の柱にね、手ぇが……あれ? おらへん。どこいったんや」

「あんた、手ぇやったら、ほら。そこ」

「うわぉ! こんなところに移動してる。てか、これ何しとんねん? ……おかあちゃん。手ぇが布巾持って、お膳拭いてるよぉ」

「へえ。そうですねん。わたいが片づけしとったら、手ぇがいつの間にか、こっち来てまして。びっくりしましたけど、布巾手渡したったら、いろいろ拭いてくれますのや。よう働いてくれますわ」

「はぁ、そうかぁ。いや、ご隠居。今はね、ここで布巾持ってますけどね。朝はね、そこの柱、あの上の方にね、こう。くっついてましてん。ね、ご隠居。これが手ぇ。……あれ、ご隠居? 何や。こんなところで寝てるがな」

「あんた、それ、伸びてはりますわ」

「あらら。ご隠居、ご隠居! 手のかかる人やな。どないしましてん、ご隠居!(頬を軽く打つ)」

「(頬を打たれながら)ん……おお、す、すまん。いやいや。こ、こら、心臓に悪い。何やこれ。けったいやなぁ」

「けったいでっしゃろ。これですわ。これ……何でしょう?」

「これは……手ぇやな」

「手ぇですよね」

「これは……わしの手には負えんな」

「ご隠居?」

「これは……お手上げやな」

「ご隠居? ご隠居! ……行ってもうたがな。何やねん、頼りにならへんなあ。これ、どないしたらええねん」

「わたいは気に入りましたわ。よう気ぃききますし。一緒に暮らしたらよろしやん。それよりあんた、はよ行ってこな。この子の方が働いてるで」

「おお、そや。ほな行ってくるわ。にしてもおかあちゃん、ほんまに暮らすて、ちょっと考えた方が」

「はいはい。行ってらっしゃーい」


 ……そんなこんなで、柱にくっついてた「手」と暮らす事になったんですが。なんやかんやで半月ほど経ったある日です。

「ただいまっと。……なんや、おかあちゃん。一休みかいな。飯はもう炊けとんのか?」

「へえ。ほら、『おててさん』がやってくれてますわ」

「何や、飯まで作れるんかいな。何でも出来るな、おててさんは」

「目ぇ放しても、手ぇ抜くことはありませんし。ほんま、ええ子ですわ。何も手ぇかかりせんし、いろいろと手伝ってくれますし。可愛らしゅうて、可愛らしゅうて。あんた、お酒一本つけましょか」

「あん。ありがと、おかあちゃん。……いやぁ、えらい機嫌もようて、おててさん様々やなあ。へへへ」


 (戸を叩く音)

「ん、なんやこんな時間に? (扉を開ける)………はい、どなたですか?」

「ごめんください。僕の右手を、知りませんか?」

「………はあ?」

「ご近所の方から、こちらに『手』がいると伺いまして。多分、僕の『手』だと思うんですよ」

「おかあちゃん、何か、けったいな人来たで。えっと、あんさん。うちの、その、おててさんの知りあいか何かでっか」

「ああ、僕の手に間違いありません! こっち、こっち! おお、よしよし(手を抱きしめて撫でている)」

「おかあちゃん、やっぱり手ぇやったで。ほら、この人の」

「そんな事分かってますがな。そんな事より。……すんまへん、どこのどなたか知りませんけど、このおててさんはもう、うちの家族なんです。あなたのって証拠があるんですか?」

「いやあ、証拠と言われても……自分の手に鈴つけたりもしませんしねえ……っと、これでどうですか?」

「いやん、くっついた」

「はい、僕の手ですから」

「いやー、おててさん、どっか行ってもうたぁ。えーんえーん(泣)」

「こらぁ! おかあちゃん泣いてもうたがな! おお、よしよし。おかあちゃん、しゃあないやん。おててさんも親元、ちゅうか元の手元? に戻った方が幸せなんやて、多分。な?」

「本当に申し訳ないです。ただ僕も手が無いと寂しいものですから。自分で言うのも何ですが、なかなか可愛いやつでしょう。僕の手」

「そら、わしも、おかあちゃんもえらい情が移ってしもうて。よう働いてくれたし」

「なかなかの働き手になったでしょう。そこでこの半月ほどの働きに見合った手間賃を頂きたく……いえ、お金は結構です。僕には必要ありません。ただ、この徳利いっぱいのお酒を手土産として頂ければ。近頃は下界の酒の方が美味しくなりましてね」

「はあ、ちゃっかりしとるのお。なんちゅうか、これがほんとの手切れ金……ならぬ、手切れ酒、ちゅうんか。それにしても寂しくなるなあ。おかあちゃんはまだメソメソしとるし」

「参りましたねえ。手を抜いて、お酒にありつこうとしたバチが当たったかな。仕方ない。手離れしてもらうために、手を離す方法をお教えしましょう」

「はあ。親離れ子離れ、ちゅうのは聞いた事あるけど、手離れ? いや、でも、おかあちゃんに手離れしてもらわんと。では師匠。お願いします」

「(咳払いして)人の体というのは、一本、筋が通っています。手順通りにやれば実に簡単。筋を少しずらして、こうして、ひねって、くるりと回すと……」

「いやん、外れた!」

「おかみさんは、筋がいい。もう外しましたね。今のやり方をひっくり返せば、元に戻ります。ご主人は……うーん、一本、筋が通ってないと難しいのかもしれない」

「ちょっ、待ってください。わしは筋、通してないみたいやないですか。師匠、もう一回……ふんふん。筋ずらして、こう……外れた! もう分かった! こう、こう、こうや!」

「言い忘れましたが、両手いっぺんに外してしまうと何もできなくなりますよ。捕まえて元に戻すのも大変ですし」

「師匠! それ、先言うてください! おかあちゃん! おかあちゃんの右手にわしの左手あるから、それ捕まえて!」

「いや、アンタどこ触ってるの」

「わしやないがな、手ぇの奴が勝手に、や! わしも捕まえたいんや! けど、捕まえるための手が! そっちに!」


 ………などと。わあわあ言いながら、不思議な男に「手」の外し方を教えてもらったこの夫婦。不思議な男を見習って「手」を外し、「手つだい屋」なる商売を始めます。外した手が独りでに壁やら天井やらをつたって、屋敷や店に潜り込み、いつの間にやらお手伝いして手間賃を頂くこの商売。愚痴をこぼす口もなく、かゆいところに手が届くその働きぶりに、どこでも可愛がられて重宝されて、評判が評判を呼ぶ大繁盛。いつの間にやら、残した左手で団扇あおいでても暮らせるようになりました。

「えらいこっちゃで。こら人手がいくらあっても足らんな。手が足らん。手ぇ回らんわ。はあ忙し忙し」

「えらい繁盛してるみたいですね」

「師匠! ああ、ごぶさたしてます! その節はありがとうございました。いつか来てくれる思て、ええ酒置いてたんです。持ってってください」

「いや、これはこれは。是非頂きます。しかし、すっかり大旦那ですね」

「おかげさまで、今では奉公人を何人も抱えるようになりまして。これからはいつでも遊びに来てくださいよ。いつでも上等のお酒、置いときますよってに」

「それはそれは。僕も手をかけた甲斐があります。それにしても、そんなに儲かりますか? 手つだい屋」

「へえ、何よりこの商売、手ぇ一つあれば始められますから、元手いらず。始めは手探りでしたが、今では手広くやらせてもらってます。最近では向こうから注文がくるようになりまして。働き手を手に入れるのが大変な有り様で」

「ほう、そうですか。ところで、さっきから気になってたんですが。あの……動き回ってる、毛虫の親玉みたいなのは何ですか?」

「ああ、人手が足りなくて。猫の手、借りてますねん」



                          おしまい



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 何かの加減で、ドア枠だったかに手首から先の「手」だけが掴まっているように見えて、ぎょっとしたことがありました。もちろん、その「手」にはちゃんと全身もついていました。照れ隠しか、手持ち無沙汰か、ドア枠を掴みながら女の子と話していた誰かの姿が壁の陰になっていて、「手」だけが見えていただけでした。

 そんなちょっとした思い出を引っ張りだして、落語にした作品です。「手」が文字通り、壁や天井やらを “つたって” 入ってきて、何をするのかといえば「お手伝い」をしてくれる。それと、「手」という言葉を含む言い回し……「手のかかる」「お手がつく」「お手上げ」などを、落語のなかでリレーして “つたって” いく。その二つを掛けて、『手つだい』という題名になっています。


 サゲ(オチ)になっている「猫の手も借り」ている状況は、想像するとどうなんでしょう? 可愛らしいような、気味悪いような、商魂たくましいような、あっけらかんとした人間味みたいなのを感じてもらえたら幸いです。

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