2014/12/17

『塩王』


 空は晴れ渡っていたが、それを眺める李成彭の心中は往往にして暗かった。また門前払いであった。毎朝、貢院へと足を運ぶのだが、浅黒い骨張った顔をした係官は毎回にべもなく行われない旨を伝えるのみで、今日も同じであった。さりとて、今厄介になっている親族の家に昼間から帰っても、やることもない。仕方なく、また知貢挙に自らを売り込むため、贄となる温巻に相応しき詩文を練りながら、唯唯、雑踏の中を徘徊しているのだった。

 成彭が省試を受けるため長安に出てきたのは、文宗の大和九年である。彼が生まれた家は名族ではあったが、祖父の代から僅かな領地を持つだけの小役人だった。偶偶、成彭は詩が出来た。彼自身、さほど野心はなかったが、目をかけられ、郷試には上上で合格した。遠縁である地元の有力者から祝い金をもらい、それを路銀にして郷里から都まで遥遥とやって来た。ここまでは頗る順調に事を進めてきたのだったが、不穏な空気をようやく感じたのは、つてを辿り何とか知遇を得た高官に詩巻を携えて訪ねた時のことである。

 朝廷が牛と李、二派に分かれ争っているという話だった。牛党が勢いづけば李党は全て地方へと追いやられ、李党が盛り返せば牛党が一掃されるといった具合を数年毎、下手をすれば一年も経たずにやっているらしく、その度に政策は入れ替わり、政治は大いに混乱しているという。そのため、試験に関わる人事も繰り上がり繰り下がり、時宜を逸してしまうこともあるというのだ。

 長い間歩き回った挙句、些か阿諛しすぎる詩句しか思いつかない。辟易としながら空腹を覚えた成彭は、すっかり馴染の料理屋へと入った。酒の肴を二品見繕ってもらい、それを酒も飲まずに黙黙と口にいれる。先のことを考え込んでいた時、いつの間にか相席になっていた男に酒を勧められた。男は商人だという。話せば、詩なども解するなかなかの好人物であった。それこそ昔は科挙を受けていたが、十八回落ちて諦めたという。酔いが回った頃、成彭は男が塩徒であることに気付いた。この時代、塩は専売だったが密売は絶えなかった。男も隠すことなく、いかに国の施策が間違っているのか、徒党を組み巧妙に役人を出し抜くのか、面白可笑しく語ってみせるのだった。屈強な体つきと軽妙な語り口に呑まれた成彭は、久久に愉快な気持ちで酩酊してしまっていた。

 気づくと、いつもの寝床であった。早朝である。外は静かな雨が降っている様子だった。財布を確認すると、きちんと金は残っていた。酔いながらも、支払いは律義に済ませたらしい。二日酔いの頭痛を若干感じるが、寧ろ清々しい気分で大きく伸びを一つした。

 李成彭が都にいる間、世話役となった女童が、いつものように起床を促しに現れた時、部屋の中は綺麗に片づけられていた。暫く誰も寝起きしていなかったような佇まいである。李成彭の足跡は泥濘に消えていた。

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